「KEEP 28」 〜いくつになっても健康な口元を維持できる未来を目指して #寄稿

はじめまして。

NPO法人「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」(PSAP)の理事長の西真紀子と申します。

振り返ると、私は歯科医師として、人生のほとんどの時間、「お口の健康」について考えてきました。

今回の記事では、私たちの「健康にかける思い」とその活動内容について共有していければと思います。

※上の写真はNPO法人「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」(PSAP)のロゴ。
色は、2冊の本「あの人のお口がにおったのはナゼ?世界一やさしい歯周病の本」と
「歯みがきしているのにむし歯になるのはナゼ?世界一あたらしいむし歯予防の本」の
テーマカラーを使用し、真ん中に本NPO法人の名前を28本の歯に見立てて並べています。
無限の象徴として使われるメビウスの輪のような外枠は、永遠に健康な歯を保つことを意味。

 

「KEEP 28」
いくつになっても健康な口元を維持できる未来を目指して

 

「歯」に関する大きな誤解 〜【8020】というミスリード

 

ほとんどの皆さんが、「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう!」という
【8020(ハチマルニイマル)】というコトバを聞いたことがあると思います。

 

そこで皆さん、質問です。
人には何本、歯があるかご存知ですか?

 

正解は、「20本」ではなく、「28本」あるのです。(さらに、親知らずを入れると「32本」)。

 

その上で、もうひとつ質問です。

 

この記事を読んでおられる皆様の多くは、
「歳を取ると歯が抜けていくもの」だと思ってはいないでしょうか?

 

「歳を取ると歯が抜けていくもの」。世界中で多くの人がそのように思い込んでいますが、
実は、歯の喪失は“加齢現象”ではありません。

 

歯を失う大きな原因は、ご存知の通り“むし歯”と“歯周病”なのですが、
これらの病気は、もうすでに「予防できる病気」であるということがわかっています。

 

そこで最初の【8020】というコトバをもう一度考えてみたいと思います。

自分自身の歯を健康に維持することができるのに、
この【8020】では、「80歳で8本の歯がなくなること」を目標にしています。

でも冷静に考えてみてください。

80歳で「臓器」の3割がなくなることを目標にするなんて、おかしなことだと思いませんか??

 

先ほど申し上げた通り、歯を失う病気は「予防すること」ができます。

であれば、「人生100年」であっても「120年」であっても、その生きている間、
「自分自身のすべての28本の歯を健康な状態で残す」ことを目標に挙げないことに、
大きな問題があるわけです。

 

つまり、現状に妥協した目標では、
「なぜ28本残せないのかという原因をつきとめようとする意識」が生まれて来ないのです。

これが、臨床、教育、研究、制度・・・あらゆる分野において、日本の歯科医療を遅らせ、
患者さんの”本当の願い”が叶えられていない一因ではないでしょうか。

 

※PSAPから出した一般向け書籍第一弾。「もしドラ」にヒントを得て、
 小学生を主人公に、歯周病についてやさしく説明しました。
https://www.amazon.co.jp/dp/492510232X/

いくつになっても、20代の時と同じ歯の数のまま

先ほど述べたとおり、若々しく、お煎餅もバリバリ食べられ、
歯周病独特の口臭もなく、健康寿命が伸びて、医療費も減る。
そんなことが、現在の科学を使えば可能なのです。

生涯に渡って28本の歯を健康な状態で残すことを究極の目標として、
私たちは「KEEP 28」と呼んで、健康活動を行っています。

 

歯の喪失を防ぐ鍵は、病気の原因を除去することです。
そのためには、まず、“リスク評価”を行うことが重要です。

このリスク評価により、自分の弱点を知り、そして、セルフケアとプロケアの両輪で、病気が発症・再発しない程度にリスクを低く保つことを目指します。

 

それは、実際のところ、すでに詰め物、被せ物で一杯になったお口の中でリスクをコントロールすることが相当難しかったり、小さい時からリスクを低くコントロールしていても長い人生の間に様々な出来事があったりすると、「言うは易し行うは難し」なのですが、それでも、このような予防プログラムの存在を全く行っていない場合に比べると、格段に差がでることが明らかです。

しかし、このような予防歯科プログラムの存在を知っている日本人は、ごく僅かなのが現状です。世界で先駆的にこのようなプログラムを行い、30年間ほとんど歯が喪失しないことを証明したのが、故アクセルソン先生です。日本では山形県酒田市の日吉歯科診療所が長期データで同様の成果を証明されました。(院長の熊谷崇先生は、PSAPの理事の一人でもあります。)

 

ですが、このプログラム、「聞いたこともない」「国民健康保険診療でもない」「効果がどの程度なのかすぐにはわからない」といったことから、普通の人に目を向けてもらうことは容易ではありませでした。

 

企業との連携による突破口

このプログラムを日本社会に拡げる道のりは、簡単なものではありませんでした。
いくつものハードルを超えてその道を作ってきたわけですが、
その注目すべき一つのアプローチに酒田で始まった「企業連携」があります。

 

各企業の従業員、そして従業員家族のために、企業がこのプログラムを導入し、
またそのプログラムの継続的な展開のための経済的な補助を
「企業」に取り組んでもらうという連携です。

 

というのも、健康な人のメインテナンスは、
国民健康保険に含まれないので自費診療の枠に入ります。
その個人における負担感に対して「企業による補助」を促進することで、患者さんとその家族がこのプロジェクトへの参加を継続しやすくする、という取り組みがとても重要であったわけです。

 

従業員とその家族は、お口の健康が守られる。

 

そして、企業にとっても、従業員・家族の健康が守られる、さらには“全身の健康”や“クオリティ・オブ・ライフ”にも貢献されて行くことにより、結果として、「従業員の生産性向上」「医療費削減」という果実を享受できるのです。

この酒田での活動は、【地元企業】から始まり、そして【歯科関連企業】、
続いて【知名度のある大企業】へ、その活動を広げてきました。

 

マスコミの力もあって、全国の企業のトップからもこのような予防歯科プログラムが注目されるようになりました。
ですが、マスコミも企業のトップも、まずは自らがこのようなリスク評価に基づいた予防歯科プログラムを受けなければ、本当のことは何も伝わらないし、いつまでたっても何も変わらないということを強調したいと思います。

その他の実務家(医療関係者、政策関係者、NPO法人など)の方々が関心を持ってもらうことも増えてきました。そして、本記事のような健康関係のウェブサイトの記事を作成することも増えてきています。そのような依頼を受ける場合、その担当者の方ご自身にこの予防歯科プログラムを実際に体験してもらうことを絶対条件にしているそうです。

 

これら国民の健康向上に責任のある人たちが、お口の健康の価値を実感しなければ机上の空論で終わってしまうでしょう。

 

 

日本の隅々までこのプログラムを普及して行く

今後の課題は、このような企業を日本の隅々まで増やすことです。

それには、歯の喪失を防ぐことのできる【全国の歯科医院】が【地元企業】に働きかけることがさらに必要となります。

 

しかし、常々聞かれるコトバは

「酒田だからできたのだ」

「テレビに出たからできたのだ」という特別視による“排除のことば”です。

 

おそらく、歯科以外の分野でも、このような現象はあるのではないでしょうか。

 

ですが、見方を変え、先駆者の成功を説得材料として、

「先例があるのですから、ここでもやりましょう」と取り組みを拡げていくことは不可能ではないと思います。

そしてそのような“共有のことば”が聞こえることを強く望んでいます。

今や、歯科分野を超えて、教育、政界、経済界、行政関係者、マスコミ、芸能界、とありとあらゆる分野で「KEEP 28」を掲げる人たちのネットワークができています。

これは、「妥協しない質の高い仕事」に対する人々の期待の大きさの現れでしょう。

※PSAPから出した一般向け書籍第二弾。第一弾で大活躍したサキちゃんに恋心を抱く
 ソウタくんの物語です。笑っているうちに、むし歯のリスクについて理解できるように
 工夫を凝らしました。さらに第三弾も計画中です。
https://www.amazon.co.jp/dp/4925102346/

 

 

 

NPO法人PSAPの立ち上げ
〜【患者さん】を主語にした「予防」への挑戦

2009年、一般の皆さんへの情報提供を目的とするNPO法人を立ち上げの計画が持ち上がりました。それが、NPO法人「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」(PSAP)です。

 

PSAPは2010年7月に正式に設立しましたが、

2018年10月にリニューアルして活動を活発化させています。

PSAPの名前の中の「要求する」の主語は日本の患者さんです。

PSAPの活動は、

正しい情報を持っていらっしゃらない生活者・患者さんを対象に
質の高い最新情報をさまざまな方法で提供し、
効果のある予防法を【患者さん】から【歯科医院】に求められるようなること、を

目的にしています。

患者さんが歯科医師にしてほしいと思っている“本当の願い”は何でしょう。

 

それは「歯を削ったり抜いたりする治療ではなく、自分の歯を健康なまま守ってほしい」

ということに他なりません。

 

その“願い”が歯科医師に届かない理由の一つには、患者さんたちの情報不足があります。

患者さんたちが、

「詰め物や被せ物をするとむし歯は治る」と信じていたり、はたまた

「歯の寿命は命の寿命よりも短いものだ」と信じていたり。

そういった知識の不足が障害となっています。

「詰め物や被せ物をしても、その次の日からむし歯の再発は始まっている」

「歯の寿命は命の寿命よりも長くすることが実証されている」

 

こうした事実を患者さんがしっかりと知ることができていたのなら、

患者さんは、歯科医師に対して

“治療”ではなく、そのような“予防方法”を「要求する」と思うのです。

 

 

ターゲットを見定め、戦略的に発信する

 

日本人はとても“キレイ好き”だと言われています。

ですが、その日本人の“クチの中”があまりにも汚いまま。

そのために、介護を受けている高齢者の口腔ケアは大変な労力を要することとなり、

「全ての歯を抜くべきだ」という歯科医師が日本には存在しています。

 

一方、北欧では予防歯科がどんどん進んでいます。

「全ての歯を抜くべきだ」などという考え方は、北欧では全くもって考えられません。

 

PSAPでは、日本人も北欧の人たちと同じような、歯だけでなく人間の尊厳も守る歯科サービスを受けられる未来を理想に描いています。

そのためには、科学に忠実な北欧の歯科医師たちの姿勢に学び、質の高い最新情報を提供することに努めています。

日本でそのような予防歯科文化を醸成していくために

私たちは、「健康観の非常に高い人」をターゲットに設定しています。

 

RogersのDiffusion of Innovation (DOI) Theoryでいうところの、
“イノベーター”や“アーリーアダプター”に該当する人たちです。

歯科領域において高い健康観をもっている人たちは、
「国民健康保険診療に含まれていなくても、予防歯科先進国のような的を射た確実な予防歯科を受けたい」と思っています。結果、いろいろな媒体で積極的に健康について自ら学ぶわけですが、

時には「玉石混交の情報に惑わされている」「なにが正しいのか分からない」と感じているのではないかと想像されます。

 

そこでPSAPでは、下記の取り組みを通じて、

このような人たちに安心してもらえるような情報を進めています。

 

  • エビデンス(科学的根拠として立証されている)の高い「北欧で実証されている処置方法」や、「コクランレビュー、その他のシステマティック・レビューからの情報」を吟味
  • インターネット、書籍、雑誌、講演を通して提供すること

 

ターゲットを健康観の非常に高い人に絞っていますが、その人たちは自ら情報を求めている層なので、テクニックよりも誠実な姿勢で築くブランドが大切だと考えています。

そのため、「ひたむきに真っ当な情報を流すこと」を最も大切にしています。

 

このような活動を通じて、この高健康観層をインフルエンサーとして、以下のようなターゲットへの情報を普及していくことを期待しています。
【アーリーマジョリティ】
:アーリーアダプターに比べると慎重だが、新しいサービスなどに対しての関心が高い人たち
【レイトマジョリティ】
:アーリーマジョリティの後に新しいサービスの受容を始め、
新しいサービスなどに対して慎重な姿勢を示す人たち
【ラガード】
:新しいサービスなどに興味を示さない、あるいは懐疑的・否定的な姿勢を示し、
旧来のものを使い続けようとする人たち

 

 

 

※前述のDOI 理論では、【専門家】からの助言よりも【社会的に同レベルの人たち】からの口コミが
最も影響力があると言われています。

 

エビデンスに基づいた歯科メンテナンスという文化を普及させていく

 

健康な歯を維持するためには、まさにエビデンスに基づく正しい行動、つまり「健康な歯を維持するためのメインテナンス活動」が必要です。

 

PSAPが設立した当初は、日本の「歯科メインテナンス率」は約2%でした。

それが現在、およそ10〜20%まで上がっていると思われます。

PSAPがターゲットにしている【健康観の非常に高い層】ならば、この%はもっと高いことを実感しています。

しかし、予防歯科に通いながら、むし歯と歯周病の再発が止まらない人たちがまだまだ多いことは、大きな問題です。

 

それは、多くの生活者・患者さんがとても残念なことに

「最初に先ほど説明したリスク評価をして原因を突き止めて、それを除去する」ということを十分に行えていないことが原因です。

 

原因を除去できていない名前ばかりの予防歯科が定着した後に、エビデンスに基づいた予防歯科へと是正していくのは、さらに労力を要します。

 

より早い段階で
「むし歯と歯周病は予防できること」
「リスクに基いた歯科予防プログラムの存在」

「むし歯と歯周病に限らず、口腔の健康は全身の健康と密接に繋がっていること」

を知らせていくことがとても重要です。

 

 

PSAPの2018年度(2018年7月1日〜2019年6月30日)の活動については、こちらから見ていただけます。

http://www.honto-no-yobou.jp/action/20190528npo_psap_activities.pdf

 

 

PSAPの活動にもし興味を持っていただけましたら、是非、ご連絡ください。

様々な分野の方からの貴重なご意見をお待ちしています。

 

PSAPのマスコット犬、ニューヨーク在住のモコさん(15歳)とモナちゃん(1歳)。FacebookInstagramでの情報提供のために、米国のオーラルヘルス事情を教えてくれています。

 

西 真紀子

NPO法人「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」(PSAP)理事長

http://www.honto-no-yobou.jp

 

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