感染症疫学の専門家が伝える「新型コロナのいま」 〜寮生活を送る学生たちへのメッセージ 2021年1月
感染症疫学者とともに改めて“コロナ“と向き合ってみる
PART1
感染症とは何か。コロナとは何か。
2020年2月ごろからコロナという病と向き合い始めて、もう半年あまりの時間が経ちました。
様々なメディアで今もなお、コロナに関するニュースや情報が流れています。
私たちが分かっていること。そして分かった気になっていること。
もう一度、このコロナという病について、その「基本」から向かい合い直してみるタイミングなのではないでしょうか。復習を兼ねて、この問題を記事にしたいと思います。
可能な限り、「何がわからないかを理解する」ことを起点に「一般生活者そして健康実務家も知っておくべき基本」を整理したい。
今回は、日本でも数少ない「感染症疫学の専門家」のお話から、学んで行けたらと思います。
感染症疫学研究者(元厚生労働省クラスター班メンバー)である水本憲治さんからのお話を記事としてまとめました。
ぜひご一読いただければ幸いです。
タイトルは「感染症疫学専門家と“コロナと真っ正面から向き合ってみる”」。
6月初旬、健康designstudioとクリサポの共同企画としてオンラインにて開催いたしました。
水本さんは、医師・公衆衛生学修士・医学博士というバックグラウンドの元、地域医療の臨床経験、そして厚生労働省で新型インフルエンザに関わる医系技官のキャリアを経て、国内外の様々な研究機関で感染症疫学の第一線の研究者として活躍中の稀有な存在。
※詳しい略歴は文末をご覧ください。
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おしながき
- そもそも感染症ってなんなの?
- 他の病気と比べた時の「感染症という病の特徴」
- 新型コロナの感染者数・感染者割合「我々はこの数字をどう捉えればいいのか」
- 「リスク・危機の大きさ」がわからない時、私たちはどうするべきか
- 基本再生産数
- 今更聞くのは恥ずかしいけれど、「コロナってなんですか??」
- 疫学とは何か?感染症疫学とは何か?
- クラスター班とは何をしてきたのか?/クラスター戦略をとったことの意味
- 新型コロナの感染者数・感染者割合「我々はこの数字をどう捉えればいいのか」
- これまでにわかった大きなこと
- 「水本流:最もシンプルな感染対策の検討論拠」〜再生産数から読み解く対応策の合理性
なお、今回はあくまで「感染症疫学の専門家」としてお話をいただきました。
「クラスター班のメンバー」としての発言ではないことをご理解ください。
また、本文中での「研究成果」は研究者の不断の努力の成果となります。
転用する場合は、必ず出典となる論文名・著者名等をご確認・記載ください。
また掲載されている情報はお話を伺った2020年6月現在の情報になっています。
最新情報は別途ご確認ください。
********PART1*********
(聞き手)
今日はよろしくお願いします!
今回の勉強会、まず“感染症”とは何か?という皆さんの認識合わせからしたいと思います。
「感染する病気」くらいの理解度なんですけど、一体感染症とはなんなんでしょうか?
そもそも感染症ってなんなの?
ありがとうございます!水本憲治と申します。今日はよろしくお願いします!!早速ですが、お話を始めたいと思います。
感染症とは、「様々な動物や土とか水などに存在する“病原性の微生物”が、人の体内に入ってくることで引き起こす病気」のことを言います。
今回のコロナウィルス はもちろんのこと、私たちの普段の生活の中で出くわすことのある「普通の風邪」も、“病原性の微生物”であるウィルスが人から人へ感染することによって生じている病気です。
感染症ってそんなにいっぱいあるんですか?
人間の歴史は、それぞれの時代においての「新興感染症との戦い」の歴史であるということもできるかもしれません。
それぞれの時代の中で、ペストやポリオ、狂犬病やエイズなど、有名な感染症を上げて行けばきりがありませんよね。
その中でも人間や動物といった動物由来の感染症が結構多いんです。
そして、いまある感染症の60〜75%は動物由来の感染症と言われています。
例えば、エボラ出血熱(オオコウモリ由来)、エイズ(サル由来)などは有名ですよね。
現代社会では感染速度が速くなっている
そしてこうした感染症は、“昔”よりも“今”の方がより「短い時間」で、かつ「広い地域」に、その感染を広げているという現実があります。
今回の新型コロナもあっという間に世界全体を恐怖に陥れてしまいました。
その大きな理由の一つとして考えられるのが、飛行機などの移動手段の発達です。
簡単にグローバルで移動ができてしまういまの時代においては、症状がある感染者だけでなく、「無症状の感染者」*も世界を股にかけて移動し、知らない間に病原体を排泄し感染を拡げて行ってしまう。
ここがとても厄介な問題でもあるわけです。
* 発症前の有症状感染者と無症状感染者の両方を意味する
他の病気と比べた時の「感染症という病の特徴」
他の病気と比べた時に、「感染症」という病気にはいくつかの特徴があります。
ここでは「①見えない」そして「②無症状でも感染性がある」という2つの特徴について皆さんと共有させていただければと思います。
実態がなかなか「見えてこない」のが感染症
まず、「①見えない」という特徴についてお話しします。
感染症という病気は、例えばAさんがある感染症に罹患(感染)してしまったとしても、Aさんに具体的な症状が出てこない限り、あるいは病原体の有無を検査しない限り、Aさんはもちろんのこと、周りの人にとっても「Aさんが感染者かどうかがわからない」んです。
一方普通の怪我をイメージしてみてください。転んで“怪我”をすればすぐに血が出てきたり、痛みがでてきたり。
自分自身でも、他人から見てもその“症状”が確認できますよね。
ですがこの“感染症”の場合は、その症状がすぐに出てくるわけではなく「無症状期」というのがあるんですよ。怪我とは違うんです。
すぐにその病気への罹患(病原体への感染)が分かるわけではない。
さらに言えば、症状が出なかった場合には、その病気に罹患したことすら知らないまま、治ってしまったりすることがあるわけです。
これはとてもやっかいで、感染症をコントロールしないといけない我々感染症の研究者や実務家、あるいは行政や医療機関の立場からすれば、
「その感染症の感染実態や流行の状況を、
個人レベルでも社会レベルでも完全に把握することがとても難しい」。
【感染者ひとりひとり】の感染実態の把握が難しいということは、
その総和としての【社会全体】を感染実態の把握を行うことも難しいわけです。
そうすると、傾向の分析や、原因の特定、そして対応策の検討もとても困難になってしまうという現実があります。
知らぬ間に染してしまっている可能性がある
またもう一つ厄介な点としては、「無症状でも感染性がある」という点にあります。
これは【感染症に感染したAさん】が “まだ発症していない” つまり “無症状” であったとしても、
そのAさんが接触した・接触する【周りの人】にその感染症を「染してしまうチカラ」があると言うことです。
それって、私、全く症状がないですし、感染しているつもりもないですけど。
でも私、無症状期間である可能性もあって、身の回りの人にうつしてるかもしれない?
はい。残念がながら。
それが一部の感染症の特徴であり、この新型コロナウィルス感染症の特徴になります。
症状が出ていないから「自分はまったく持って健康である」と考えている人であっても、その人が無症状期間の感染者だった場合、知らず知らずのうちに周りの人に感染させてしまっている可能性がある、わけです。
その感染者の方に症状が出て、家でずっと寝込んでいてくれれば、その方からの感染リスクをコントロールすることは難しくないかもしれません。
ですが、症状が出ないまま、普段と同じような生活をしている中で、知らず知らずのうちに、大切な身内の方や社会の多くに人々にうつしてしまうリスクが出てくるわけです。
これは公衆衛生という観点から言えば、とても大きな危機であるということができます。
「リスク・危機の大きさ」がわからない時、私たちはどうするべきか
感染症の特徴、よくわかりました。一個人としては、感染してもわからない時期がある。
社会も実態がわからない中で「見えない敵」と戦わないといけない。どうするんですか?
「見えない敵と戦う」というのはとても難しいことですね。
先ほどもお話しした通り、「感染症に感染している人」のうち、一定程度「症状がない人」と「軽症の人」がいます。
「軽症の人」は病院に行くこともなく、そのまま治るということもあるでしょう。
そしてもう一方の「症状のある人」の中からは、「重症」の方が出てきたり、最悪のケースでは「亡くなってしまう方」も出て来てくるわけです。
先ほども申し上げたとおり、【感染者ひとりひとり】の感染実態の把握が難しいため、その総和としての【社会全体の感染実態】の把握を行うことも難しい。
氷山の一角しか我々は把握できていない
だから、全体の氷山の大きさは「推定」して行くしかない
言い換えれば、「症状がない人」から「重症化・死亡する人」までの「感染者の全体像」の中で、今も私たちが把握できているのは「一部」に過ぎないんです。
もう一歩言えば、病院や保健所などを通じて「報告された」ケースしか、私たちは数字として確認できない。
先ほども「見えない」という恐ろしい特徴があるというお話をしました。つまり無症状や軽症の感染者は病院に行くこともない。そうすると、クラスター班などデータを集めている機関まで「報告」されないわけですよね。
だから「感染症がどれくらい広がっているのか」と言う実際的な数字は私たちには「見えない」と言う現実があるわけです。
その見えない数字と戦わなければいけないのがこの病気の本当にやっかいなところです。
実態としての数字がわからないとなると、どうにか「予想?」するしか、方法はないように思えます。でもそんなことは可能なんでしょうか。
そうなんです。
見えない敵と戦うためには、
「どれくらいの人が無症状感染者なのか」とか
「1人の患者さんはどれくらいの人にうつしてしまうのか?」とか、うまくその数字を見える化して行く必要があるんです。
水本さんは、この「数字の見える化」の専門家なんですね?
はい。まさにその数字の見える化、「リスク推定」というのを一つの専門として取り組んでいます。
2月に起こったダイヤモンドプリンセス号の新型コロナ集団感染の事案がありました。
そのケースについては乗船している「感染者の中での “無症状者” の割合」を推定(見える化)する研究を行いました。
この研究は論文化して世界にも発信をしました。
「全感染者のうち、17.9%は無症状である」
〜2020年ダイヤモンドプリンセス号〜
この研究の結果、「高齢者が主体の集団では、全感染者のうち、17.9%は無症状である」と言う推定を出しました。
他の感染症ですと、はしかであれば8%、ノロウィルスは32%、ポリオであれば90〜95%が、無症状であると言う研究結果が出ているんです。
ダイヤモンドプリンス号は高齢者が非常に多い集団であったという点があります。
その上で、この数字をダイヤモンドプリンセス号を超えた一般に適用できる情報として捉えると、
「高齢者が多い集団の場合だいたい2割程度の方が無症状になる」ということが一つ言えるのではないかという結論です。
まさに、先ほどの「見えない敵」の「見える化」をされたわけですね。
そしてその情報に基づいて、具体的な対応策の検討を進めることもできる。
はい。私たち感染症疫学者、そして私のようなリスク推定を専門にするような研究者は、いまの「全感染者数のうちの無症状者数の割合」だけではなく、「感染した場合の死亡リスク」、「一人の感染者からの新たな感染想定数」など、様々なデータの推定を進めて、対応策の検討に繋げているんです。
「基本再生産数」
推定すること、本当に重要なんですね。水本さんをはじめ、感染症疫学者をはじめとしたご尽力いただいた皆様には本当に頭が上がりません。
ここからのお話を伺っていくにあたって、改めて「基本再生産数」という考え方を簡単に教えてもらえますか??
感染症はその名前の通り、他の病気と違って、「人から人に染つる」と言う特徴があります。
「基本再生算数」と言う言葉。多くメディアにも出てきているので、皆さんも聞いたことがあると思います。
簡単に言えば「一人の感染者から、何人の新たな感染者を生み出しているのか」と言うことを表す数字です。
1を超えてしまえば、大規模感染につながって行くリスクがあるし、
1を下回っていけば収束に向かって行く、と言うことを理解するための目安になってきます。
一定の時間が経ったあとであれば、「一人の感染者から結局、何人の新たな感染者が生まれたのか」を計算することは簡単なのです。過去の数字を振り返ればいいだけですから。
ですが、今求められているのは、「感染が広がって行く前の段階」で、未来の感染者数を推定する必要がある。
「今の感染者数を基準にするとこれからどれくらいの感染者数が新たに発生してしまうのか」という「未来のリスクを見える化」を行うことができれば、事前に手を打てますよね。
その嫌な結末を防ぐために、どんな対応施策を打つか、いつその施策を始めるか、そしてどれくらいの強度で行うか。
「実態を把握すること」や「未来のリスクを推定すること」は、打ち手を考えて行くためにはとても重要なことなんです。
このリスク推定(リスクの見える化)というのが、まさに、西浦先生や私が取り組んできていることなんです。
今更聞くのは恥ずかしいけれど、コロナってなんですか?
冒頭にご説明した内容で、「感染症とは何か?」について一定の共通理解ができたかと思います。
その中でも今回の新型コロナウィルスというのは、人間にまだ“免疫”や戦う武器が備わっていない未知の感染症。
つまり“新興感染症”という風に呼ぶことができるでしょう。もう少しシンプルに整理しながらお話ししたいと思います。
「普通のコロナ」は「普通の風邪」の原因
「新型コロナ」は「治し方がわからない未知のウィルス」
コロナウィルスにはいくつか種類があるのですが、「一般的な風邪の原因」として認識されているものが4つあります。
4つそれぞれはもちろん初めて感染が確認された時には「新興感染症」だったわけですが、現在においてはすでに免疫が見付け出され、ワクチンや処方薬がすでに開発されているウィルスということになります。
つまり、すでに人類によってコントロールできている状態にあるコロナウィルスです。
これら「一般的な風邪の原因」である4つのコロナウィルス以外に、「世の中を震撼させた2つのコロナウィルス」が発生したのは皆さんご存知かもしれません。それがMERSとSARSなんです。
そして今回発見されたのが「新型コロナウィルス」。最初から数えると7つ目にあたります。
前述の通り、今回の新型コロナウィルスも、これまでもすでに存在していた「一般的な風邪の原因」としてのコロナウィルスの仲間。
だけれども、「発見されたばかり」という理由でその対処方法・治療方法が開発されていない。
だから、現在の我々人類にとっては「命を脅かす存在」になっているわけです。
今回のウィルスが現時点において「やっかい」であると言われているのは、例えばSARSと比べた場合においては、「みんなが免疫を持っていない」、「無症状の人でも感染をさせてしまう」、「死亡率が高い」といった点が挙げられるわけです。
西浦氏とともに会見する水本さん
part1 fin
Part2では以下のような内容でお届けします。ご期待ください!
Part2 おしながき
- 疫学とは何か?感染症疫学とは何か?
- クラスター班とは何をしてきたのか?/クラスター戦略をとったことの意味
- 新型コロナの感染者数・感染者割合「我々はこの数字をどう捉えればいいのか」
- これまでにわかった大きなこと
- 「水本流:最もシンプルな感染対策の検討論拠」〜再生産数から読み解く対応策の合理性
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Part1 Q&A
Q 一度感染しても重症化しなかった人は、何回感染しても重症化しないのでしょうか?
現段階ではわからないです。というのも“2回以上感染した人のデータ”が十分にないためです。1回感染すると免疫がつくわけです。でもその免疫が落ちてしまった時に再感染するんですけど、その「2回目感染時の重症化ケース」をデータとして取りきれていない。基礎疾患との関係性もありますし、一概には答えられない、というのがいまのところの実態と思います。
Q 免疫と抗体。わかるようでわからないんですけど、どういうことですか?
抗体を司るのが免疫。もっと柔らかくいうと、 「免疫がある」ということは、「特定のウィルスと戦うことができる“防衛隊”が体の中にでき上がっている」ということを意味しています。一緒に戦ってくれる味方が体の中に出来上がっていることを示すものです。
そして「抗体」とは、「“昔、そのウィルスと戦ったことがある”ということを示す証」のことを言います。普通は人間の体は、一度戦ったことがある病原体に対してはこの抗体にもとづいて、すぐにうまく対応することができるんです。でも「今回のコロナウィルスはそうもいかないのではないか?」という懸念があるようで、いまもなおウィルス学者などを中心に、研究が進んでいます。
Q 「抗体がある=免疫がある」という理解で良いのでしょうか?
通常の免疫学の考え方でいえば正しいと言いたいところなんですが、新型コロナウィルスについては現段階ではそうであると言い切れない状況にあります。若年者のデータや海外のデータが増えて、そのデータを活用した研究が進んで行けば、その質問に答えられるようになると思います。
今回のお話
水本 憲治, M.D., MPH, Ph.D.
特定助教
京都大学白眉センター/京都大学大学院総合生存学館
Professional area: Infectious Disease Epidemiology
Area of interest: Theoretical Epidemiology, Mathematical Statistics, Decision Science
臨床医を経て、厚生労働省医系技官、東京大学、北海道大学、ジョージア州立大学を経て現職。
聞き手:戒田信賢(健康designstudio編集長、京都大学健康情報学分野研究員)