Part 2 感染症疫学者とともに改めて“コロナ“と向き合ってみる

感染症疫学者とともに改めて“コロナ“と向き合ってみるPART2
私たちはコロナとどのように向き合っていくべきか

 

今回も前回に引き続き、日本でも数少ない感染症疫学研究者(元厚生労働省クラスター班メンバー)である水本憲治さんのお話をお届けして参りたいと思います。

ぜひご一読いただければ幸いです。

Part2 おしながき

  • 疫学とは何か?感染症疫学とは何か?
  • クラスター班とは何をしてきたのか?
  • 新型コロナの感染者数・感染者割合「我々はこの数字をどう捉えればいいのか」
  • これまでにわかった大きなこと
  • 「水本流:最もシンプルな感染対策の検討論拠」〜再生産数から読み解く対応策の合理性

なお、今回はあくまで「感染症疫学の専門家」としてお話をいただきました。
「クラスター班のメンバー」としての発言ではないことをご理解ください。
また、本文中での「研究成果」は研究者の不断の努力の成果となります。
転用する場合は、必ず出典となる論文名・著者名等をご確認・記載ください。
また掲載されている情報はお話を伺った2020年6月現在の情報になっています。
最新情報は別途ご確認ください。

 

********PART2*********

 

(聞き手)
引き続きよろしくお願いします!今回はより専門的なお話に入り込んでいければと思います。
まずはじめに「感染症疫学とは何か?」を皮切りに、具体的なコロナとの向き合い方についてお話を伺えればと思います。

 

疫学とは何か?感染症疫学とは何か?

 

疫学という名前は、多くの人にとってほとんど馴染みのないものだと思います。

「疫学とは何か」をシンプルに言うと、

健康課題が流行した時に、ひとりひとりの患者さんと向き合うのではなく、
①特的の集団を対象にその発生状況(頻度や分布)とその発生原因を明らかにし、
②その対策方法を確立するための学問。

という風に説明できると思います。

 

その中で「感染症疫学」とは何か?聞いたことがない人が多いですよね。

この学問は、今回のような新型コロナやエイズといった特定の感染症について、
その「発生状況」の分析や感染によって生じる「重症化や死亡リスク」の測定、
そして分析結果によって導き出された感染原因を踏まえた「対応策の策定」を行うアプローチなんです。

◆その感染症がもたらす社会的負担
◆その感染症が発生する原因と解決する対応策
◆策定した対応策の有効性の評価

 

もちろん、感染症内科のように一人一人の患者さんと向き合うことも重要です。

一方、感染症疫学のように、集団を対象とする分析を進めることによって、予防や社会としての対応方策の検討に向けて全体像を把握して行くことも、感染症と戦って行くためにはとても重要なアプローチになります。

 


クラスター班とは何をしてきたのか?

専門家会議やクラスター班という言葉を我々よくメディアで耳にしてきました。
いったいどの様な組織で、具体的には何をしていたんですか?
(現在クラスター班は、分科会という形で運営されている※2020年8月末)

 

政府の資料によると、「専門家会議」は閣議決定に基づいて設置された組織なんです。
本部長が内閣総理大臣で、その下に設定される感染症の専門家集団になります。

専門家会議の「構成員」は基本的には感染症に関連する研究所とか学会などの組織トップが選ばれています。

こうした構成員の中には西浦先生も僕も入っていなくて、専門家会議の座長が必要に応じて、関係者の出席を求めることができるとなっています。

クラスター班は東北大学の押谷先生のチームと北海道大学の西浦先生のチームで役割分担をして進めてきました。
全体的なメンバーはざっと50人くらいですかね。

大まかな役割分担としては、
押谷チームでは「クラスター関連」のデータの収集と分析を担い、
西浦チームは「感染者一人当たりが生み出す二次感染者数の推定」を含め、今回の流行に関係するデータからいろいろなリスクの可視化をやっていたというイメージです。

 

数字を出すことには細心の注意を

こうした活動の中で「社会に数字を出す」にあたっては、僕たちは本当に慎重になっていました。

なぜなら、数字が一人歩きすると、我々の意図とは全く違うカタチになってしまい
「正しく伝わらない」可能性も出てくるわけです。

そのため、得られた結果には「複数人」「異なる手法でダブルチェック」をするなど細心の注意を払っていました。海外の数理モデル専門家等と情報交換を定期的に行い、
海外の最新の研究論文の内容についてもチーム内で意見交換を常にしていました。

 

感染状況の把握と「リスク推定」

感染症拡大が懸念される状況下において、私たちは下記のような流れで一通り「リスク推定」を行いました。

  • 日本に流入するリスクの推定
  • 感染力の推定
  •  感染による死亡リスクの推定
  •  流行が収束する確率・タイミングの推定

なぜ上記のようなことをするのかというと、
可能な限り早急に「実態」と「想定されるリスク」を明らかにすることによって、予防対策の迅速な検討を進めて行く必要があるからなんです。

 

実態やリスク推定の結果に基づき、「接触者調査」とか「感染者の隔離」あるいは「学校休校」といった大規模流行の山を抑えるための打ち手の種類・強度・タイミング・期間を早め早めに設定することが可能になるわけです。

その打ち手設計の根拠となる情報を「可視化する」と言う作業を
疫学というアプローチを中心とした様々な研究者が連携して行なっていました。

 

 

 

 


新型コロナの感染者数・感染者割合
〜「我々はこの数字をどう捉えればいいのか」

 

現状としての感染者割合は「0〜1%」

 

血清抗体価調査(新型コロナの既感染歴を調べる調査)が献血者を対象に行われました。
その結果を見る限りでは、おそらく現状としての感染者割合は「0〜1%」の可能性が高いようです。
民間企業で行われた調査でも同様の結果が出ていました。

 

そこで皆さんに一つ質問です。

「集団免疫」と言う言葉を聞いたことがあるひともいらっしゃるかもしれません。
これは、「一定程度にまで感染者の割合が増えていけば大規模流行が起こる可能性が低くなる」と言う理論です

この考え方に基づいた場合、
「一体国民の何割くらいが新型コロナウィルスに感染すると感染症の拡大が収束に向かう」と考えられていると思いますか?

 

感染症疫学的に言うと、「国民の60〜70%」が感染しないと集団免疫として機能しないと言われているんです。

ですが、先ほども申し上げた通り、日本では1%にも満たない感染割合と言う状況です。

そして、感染拡大が発生していると言われているスペインなどは何万人も感染しているわけですが、
スペインでもたったの5%と言う感染割合になっています。

この集団免疫が実現する、には「程遠い現状」であるいうことはわかっていただけると思います。

大流行が起こった場合、日本社会はもたない
そして
自然感染による集団免疫獲得は不可能

 

このような日本の感染者数や感染者割合のデータから、今の段階で言えることは、2つあると考えています。

まず一つ目として「大流行に社会はもたない」と言えると思うんです。

1%にすら満たない状況ですら、医療崩壊の危機に日本の医療は瀕していたわけです。
つまり「日本では絶対に大流行を起こしてはいけない」と感染症疫学に携わる人間は考えているわけです。
数パーセントに感染者数が跳ね上がってしまうだけで、感染症対応を行っている医療機関がパンク状態になるのは目に見えているでしょう。

そして、もう一つ「自然感染による集団免疫獲得は不可能」であると言えるのではないでしょうか。

これから大規模抗体価調査が行われていくと思います。その結果を待つ価値はあるとは思うのですが、今の現状を考えると集団免疫に対する期待を持つことは現実的ではないのではないかと思います。

このウィルスと戦っていくためには、やはり「ワクチンの開発」を待つほかないのではないか、というのが僕自身のいまの印象です。

だからこそ、クラスター班が行っているような「感染者数が少ない段階での対応策の展開」と、「流行規模を小さくとどめるための対応策(ロックダウン・移動自粛など)」の両方が非常に重要になってくるわけです。

 

「一度感染爆発が起きると大都市からはこのウィルスは消えない」

 

一つ気になるニュースがありました。

Newsweekのものですが、「武漢市での無症状感染者が300人見つかった」というニュースです。

武漢では全市民を対象としたPCRが行われました。
その結果として、人口が1000万人を超えている武漢市での無症状感染者数は300人でした。

 

みなさんこの数字をどう思いますか?

この数字が、「偽陽性ではなく、真の感染者であるならば」という前提ですが、僕はこれを聞いた時に「怖い」と思ったんです。

武漢はロックダウンをしましたよね?
都市自体を封鎖して、人の流入もコントロールしました。数ヶ月間世界で一番厳しい介入をしたわけです。

それでも300人の無症状感染者がいるということは
「一度感染爆発が起きると大都市からはこのウィルスはなかなか消えない」ということが言えると思うんです。

世界で一番厳しい介入をした武漢市であっても隠れた感染者がこれだけいるとすると、仮に政府が「感染者はゼロである!」と宣言したとしても、「クラスター発生のリスクは常にある」ということは否めないのではないでしょうか。

 

メディアで語られるような「新規感染者数」だけで私たちは一喜一憂できないんですね。
東京はまだそこまでの感染は広がっていないとはいえ、無症状の感染者が一定程度存在しているとすれば新たな感染拡大にしっかりと取り組んでいかないといけないとわかりました。

 


これまでにわかった大きなこと

色々とわかっていることはあるんですが、いくつかポイントとなるものを紹介させてください。
(編集者注:引用等する場合は必ず原文となる論文名を明記ください)

 

高齢者ほど、男性ほど、「死亡リスク」が高い

これは僕の研究成果になりますが、まだ査読前なのでご留意いただければ幸いです。

 

チリという国のデータに基づいて出された成果になります。チリはPCRの検査機能の高い国です。

年代別感染者での死亡データの評価を行いました。
80代以上で約28%、70代で約12%、60代で約3〜4%が死亡しているという結果が出ていました。

UndurragaEA,etal.: Casefatalityriskbyagefrom COVID‐19 in a high testing setting in Latin America: Chile,March‐May,2020. medRxiv. preprint

また、ペルーの年代別性別での死亡データの分析も行いました。
こちらでは、チリ同様、年齢が上がるほど死亡割合が高いという結果が出てきました。
さらに、「男性」の方が死亡割合が高いという結果が出ています。「なぜ男性の方が高いのか?」という点については、まだ原因はわかっていません。今後の研究の課題となります。

Munayco C, et al. Risk of death by age and gender from CoVID‐19 in Peru, March‐May, 2020. submitted

 

軽症者が約8割

こちらは中国における研究から言及しているポイントになります。
全体の感染者のうち「軽症者が8割程度」を占めるという結果が出ています。
その中で、「基礎疾患のある患者の方が重症化しやすい」という結果についても言及されています。
(引用論文、確認中)

 

鼻や喉にもウィルスが付着している

新型コロナウィルスは鼻や喉などの上気道にも存在するという結果が出てきました。
以前流行したSARSは肺にしかウィルスがいなかった一方で、この新型コロナウィルスは肺・喉・鼻にも存在する。
つまり、咳やくしゃみ、回し飲みとかキスとかで感染する可能性があるということになります。
感染しやすいウィルスである、そのため押さえ込みには苦労する、という印象を私たち研究者は持っています。

SARS‐CoV‐2 Viral Load in Upper Respiratory Specimens of Infected Patients. N Engl J Med. 2020. DOI: 10.1056/NEJMc2001737

 

感染のうち44%は発症前に起きる

これは香港時代の同僚たちが出した結果です。
有症状の感染者の中でも「感染のうち44%は発症前に起きる」というものです。
「発症し自分自身が感染者であることに気づく・わかる以前」にすでに多くの感染が始まっていることを示しています。

また、「発症時が最もウィルス排出量が多い」という結果も出ています。

(引用論文、確認中)

 

マスク着用は効果がある!!!

いいニュースもあるんです。マスク着用の効果はある、というものです。

「感染者の方がマスクをしていると、非常に高いレベルでそのウィルスの飛沫を防ぐことができる」ということが研究成果としてわかりました。有症状者はもちろんのこと、感染を自覚していない無症状者の方々からの「発症前感染」を防止するという意味においてもとても明るいニュースであると言えます。

 

【死亡リスク】は、「人口密度」と「人口当たり患者数」に相関する

これも僕の研究成果になります。ご留意いただければ幸いです。

イタリアの感染データについて、【地域別死亡リスク】を分析しました。

その結果、「人口密度の高さ」そして「人口当たりの患者数」という2つの要素が、この【地域別死亡リスク】と相関関係があることが示唆されました。

都市部や観光地は「人口密度」が高くなる傾向があります。
人口密度が高くなってしまう東京などの都市部においては、ソーシャルディスタンスといった対策を取ることがやはり重要になってくると思います。
その考え方についてはまた後ほどお話ししたいと思います。

また、「人口あたりの患者数」と「死亡リスク」の関係については、オーバーシュートが起きてしまった地域では「医療崩壊」が発生してしまうわけです。そうすると、重症患者に対する医療資源の不足によって結果として【死亡リスク】が高くなるということが示唆されたと言えるのではないでしょうか。

Mizumoto K, et al. Int J Tuberc Lung Dis. 2020

 


「水本流:最もシンプルな感染対策の検討論拠」
〜再生産数から読み解く対応策の合理性

 

いまマスクであったり、ソーシャルディスタンスであったり、生活者のみなさんは不便な生活を強いられているわけです。

ただ、「なぜ私はその行動を取らないといけないの?」とその理由が腹オチをしていない人が多いのではないでしょうか。

 

私からのお話の最後に、現在取られている感染対策の合理性について、「再生産数の式」から読み解いていければと思います。

 

再生産数とは、Part1でも出てきたキーワードですね。
「一人の感染者から新たに生み出してしまう感染者数」を表します。

再生産数が「1を超えれば」感染拡大に向かい、「1を下回れば」感染収束に向かっていくという数字になります。

この再生産数は以下のような公式で導き出されるんです。

難しそうに見えますが、わかりやすく紐解くのでお付き合いください!

R=D×pc(Duration・Probability・Contact )

「R:一人が感染させてしまう数」=「D:感染力を持つ日数」×「pc:1日あたりに感染させる人数」

 

例えば、「D:感染力を持つ日数」が “10日間” だとしましょう。
そして、「pc:1日あたり感染させる人数」は “2人” だとします。
そうすると 10日間×2人 で、「R:一人が感染させてしまう数」は、“20人” になるわけです。

 

次に、この「pc:1日あたりに感染させる人数」をもう一歩、分解してみたいと思います。
「pc:1日あたりに感染させる人数」はどのように計算するかというと、
「p:1回の接触で感染させる確率」と「c:1日あたりの接触人数」から導き出せるわけですよね。

 

「pc:1日あたりに感染させる人数」= 

「p:1回の接触で感染させる確率」×「c:1日あたりの接触人数」

 

もう一度、全体の式を出してみたいと思います。

 

「R:一人が感染させてしまう数」=

「D:感染力を持つ日数」×「p:1回の接触で感染させる確率」×「c:1日あたりの接触人数」

 

現在の感染対策は合理的に説明できる

 

「R:感染させてしまう数」を減らすためには、「D:日数」か「p:確率」か「c:接触人数」を減らす必要があります。

 

①「D:感染力を持つ日数」を下げる

「日数を下げる」ためにはどうしたら良いでしょう。
「ウィルスを体外に排出できないようにする」か「感染者を見つけて隔離する」しか手はないように思えます。
「ウィルスを体外に排出できないようにする」ための薬があればいいのですが、まだそこには行き着けていません。

そうすると、その感染力を持つ人を「いち早く発見」し「いち早く隔離」するしかありません。

そう考えれば、いま行なわれているようなクラスターの特定と早期隔離は非常に合理的なアプローチと言えます。
「接触者追跡アプリ」などがうまく機能すれば、このDに対する対応が強化できると期待されているわけです。

 

②「P:1回の接触で感染させる確率」を下げる

次に、「接触を通じて感染させる確率」を下げるにはどうしたら良いでしょうか。
感染はシンプルに考えれば「飛沫」や「肉体接触」によって生じてしまうわけです。

それでもどうしても会わなければならない状況が出てきたときに、どうやって「確率」を下げるのか。

もうみなさん答えはイメージできていると思います。そうです。

飛沫を防ぐためには「マスク着用」。そして肉体接触による感染を防ぐためには「ハグや握手を控える」。
こうした「当たり前の行動」でしかこの「感染させる確率」を減らすことはできないんです。

言い方を変えれば、この当たり前の行動をしっかりとすることができれば、確実に確率を減らすことはできると思います。

 

③「C:1日あたりの接触人数」を減らす

最後に、「C:接触人数」を減らすためにはどうしたらいいでしょうか。

「接触回数を減らす」「接触人数を減らす」。これももう答えを想像できていると思います。

そもそも「接触回数」を減らすには、外出しなければいいわけです。家で仕事をすればいいわけです。
そうなると「ステイホーム」や「テレワーク」という対応策の合理性は、もちろんあると考えられますね。

そしてそれでも「会わないといけない」状況下においては、「ソーシャルディスタンス」が有効な方法になります。
これは上記「p:感染確率を下げる」にも関係してくる対応策になりますが、「接触しないように距離を取る」ことで、感染リスクを下げるためには有用なアプローチと言えるのではないでしょうか。

 


 

 

3密を避ける、マスクをつける、手洗いをちゃんとやる。

色々と取ってほしい行動を政府・自治体や研究機関、あるいは民間企業が情報提供をしてくれています。

でもそこに「なぜこの行動に価値があるのか?」をちゃんと論理だてて説明している情報がこれまでは不足していたのかもしれません。

 

疫学の話も、感染症の話も、一般のみなさんにとっては、ちょっと取っつきづらく見えたかもしれませんが、至ってシンプルなんですよね。

 

私も含め、多くの研究者や専門家が、このウィルスと戦うための不断の努力をしています。

そして、日々の生活の中で、みなさんも多くの負担を強いられているかと思います。

 

研究者も、医療現場のみなさんも、そして生活者のみなさんも、それぞれができることを、確実に行なってさえいければ、この感染症の拡大を抑制することはできるのだと考えています。

 


今回のお話

水本 憲治, M.D., MPH, Ph.D.
特定助教
京都大学白眉センター/京都大学大学院総合生存学館

Professional area: Infectious Disease Epidemiology
Area of interest: Theoretical Epidemiology, Mathematical Statistics, Decision Science

臨床医を経て、厚生労働省医系技官、東京大学、北海道大学、ジョージア州立大学を経て現職。

聞き手:戒田信賢(健康designstudio編集長、京都大学健康情報学分野研究員)

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