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感染症疫学の専門家が伝える「新型コロナのいま」
〜寮生活を送る学生たちへのメッセージ 2021年1月
2020年6月に寄稿してくださった感染症疫学の専門家水本憲治さん。
日本でも数少ない感染症疫学研究者であり、元厚生労働省クラスター班メンバーとしてご活躍をされていました。
その水本さんが21年1月19日にあるメッセージを発信しました。ご自身が所属される京都大学の「寮生」に向けての「コロナとの向き合い方」に関するものです。
この記事では、前段でそのメッセージの論点を整理しています。
そして、後段では、そのメッセージの原文とリファレンスを掲載しています。
ぜひご一読いただければ幸いです。
****論点整理版****
ウイルスの流行状況は、新たなステージに
①脅威の新規陽性患者予測
→グーグルのAI予測[1]では、今月中には、1日当たりの新規陽性患者が9000人に
②急増していくコロナ医療難民
→東京では医療状況の逼迫による入院できない「入院・療養等調整中の患者」が6500人
③保健現場も、その機能が限界。公衆衛生的アプローチももはや限界間近か
→予防については、ワクチン接種等の“医療介入”が展開できない今、
“公衆衛生的介入(追跡調査、隔離、検疫、学校閉鎖、移動自粛等)”でしか推進できない。
そのような現状の中、感染者増加に伴う保健現場の急激な業務増加の影響で、「リソース不足・疲弊」により“追跡調査”をはじめとする公衆衛生的介入も取りやめとする自治体も。
医療崩壊の影響について 〜メキシコの研究から示唆できること
シナリオ1:コロナ患者の死亡者が増えていく
「コロナ感染患者数の急激な増加」により、
「コロナ入院患者への治療が追い付かず」、「コロナ起因の死亡者数が増加」していく
シナリオ2:コロナ以外の死亡者が増えていく
「コロナ期は全体的に死亡率が高くなる」。しかしコロナ起因はその増加分の半分。
つまり「医療崩壊の現実化」による「コロナ感染症以外の患者死亡率が増加」
※上記シナリオの示唆論拠「メキシコでの研究結果」
- ある時点から、死亡数増加率が、患者数増加率を上回ってきている
- 新型コロナウイルス感染症患者数の急激な増加により、入院患者への治療が追い付かず、死亡者数が増加したことを示唆
- 新型コロナウイルス感染症の流行期間中において、死亡率(青色)と新型コロナウイルス感染症による死亡率(緑色)がどちらも増加している
- 新型コロナを直接の死因とする死亡率は、すべての死亡率の増加分の半分程度
→これは、医療崩壊により、新型コロナウイルス感染症以外の患者が適切な治療を受けられないことを示唆
感染症疫学者として、
そして医師として「みなさんに期待する意識・行動」
①従前通りの対応
:手洗い・マスク着用・咳エチケット・ソーシャルディスタンス、3密対策
②顔周辺を、手で触れないこと
③不特定多数の方が使用するものを定期的に消毒
:ある研究では、新型コロナウイルスは物質の表面で数日生存するということを報告
④部屋の加湿
:ある研究では、低温・低湿度の環境のほうが感染拡大しやすいという報告
⑤自宅待機の徹底
:症状を自覚しながら勤務を続けたことによるクラスター発生という報告
⑥差別・偏見の排除
:感染者への差別・偏見は何も産み出しません。自身が感染するリスクもあることも踏まえ、お互い協力し、助け合ってください。
なにより、感染して免疫を獲得した方は、こういう状況下では貴重な戦力になりえます。
学生寮で生活する皆さんへの提案
①やむを得ず「帰省する」「高齢者とお会いする」場合は、おおよそ1週間前からは、感染リスク高い行動を控える。
(この期間は、感染から発症するまでを考慮)
※死亡リスクの高い、高齢者の方、基礎疾患がある方との面談は極力控えるのが前提
②寮の中で一緒に行動をする・食事をする「友人」を限定する。
※「多数でのマスクなしの食事」は制限されるべき
※長い期間「誰とも会わない」「一人で食事をする」のは精神衛生上よくない
③感染者発生に伴う自室待機に備えておく。
◆互助グループの準備
〜濃厚接触者とされた場合、一定の期間中、自室での待機が求められる。
その際に、食料の手配等、身の回りの世話をしてくれる互助グループを事前に企画しておく。
※互助グループの構成は、流行が拡大した場合でも寮にとどまる方で、
1グループ3-5人、普段付き合いのない方たちで構成されるのが望ましい
◆感染者・濃厚接触者になった場合への備え
※自身が感染した場合のイメージトレーニングをし、自身が濃厚接触者になり、
しばらく自室に籠れる、快適グッズをいくつかそろえておく
****学生へのメッセージ原文****
総合生存学館の皆様へ
総合生存学館教員の水本です。全国的に新型コロナウイルス感染症の流行拡大が起こり、1月13日、京都も緊急事態宣言の対象となりました。京都大学関係者(教員、学生)にも感染者が発生している状況です。
この状況を踏まえ、新型コロナウイルス感染症に関するリスク推定の専門家として、皆さんに注意事項など情報共有させていただきたく、メールを差し上げました。
新型コロナウイルスの流行状況は、新たなステージに入りつつあると感じています。
グーグルのAI予測[1]では、今月中には、1日当たりの新規陽性患者が9000人に近づいてきています。現在の増加率を、対象期間中に延伸したものですが、医療崩壊・保健所機能が限界を迎えていることから、この程度で済んでほしいと個人的には願っています(但し、後述の「追跡調査」の部分的取りやめにより、実態が見えなくなる、のではないかと危惧しています。)。医療崩壊の影響、保健所機能の限界が何を意味するのか、簡単に説明させてもらいます。
医療崩壊の影響について
いま、私の研究グループで、メキシコの死亡者数のデータを使って、新型コロナウイルス感染症流行中の超過死亡数推定研究を行っています。Figure 1は、新型コロナウイルス感染症患者数と死亡者数の時系列データを示したものです。増加率に着目した場合、ある時点から、死亡数増加率が、患者数増加率を上回ってきているのが確認できます。これは、新型コロナウイルス感染症患者数の急激な増加により、入院患者への治療が追い付かず、死亡者数が増加したことを示唆するのではないかと考えています
また、Figure 2では、2015年から2020年の間の、メキシコにおける死亡率(全死亡者数/全人口数)を示したものです。新型コロナウイルス感染症の流行期間中において、死亡率(青色)と新型コロナウイルス感染症による死亡率(緑色)がどちらも増加しているのが確認できます。今年度の全体の死亡率の増加分は、全体の死亡率(青色)とベースラインとして示されている黒色または赤色の線で囲まれた部分になるのですが、新型コロナウイルス感染症を直接の死因とする死亡率は、すべての死亡率の増加分の半分程度にとどまることが確認できます。これは、医療崩壊により、新型コロナウイルス感染症以外の患者(癌、心疾患、脳疾患等)が適切な治療を受けられないことを示唆すると考えています。
今現在、日本においても、新型コロナウイルス感染症の入院患者・重症患者の増加により、医療状況がひっ迫し、東京都内では、入院できない入院・療養等調整中の患者が6500人[2]に至っている状況です。このまま増加が続くと、メキシコで観察されたような経過をたどるのではないかと危惧しています。
蔓延期
医療現場だけでなく、保健現場においても、その機能が限界を迎えています。保健所職員等による感染経路や濃厚接触者を調べる「積極的疫学調査」が、業務増加の影響で、取りやめになる県も一部でてきている状況です[3] 。感染症対策には、医療的介入(ワクチン、予防内服)と公衆衛生的介入(追跡調査、隔離、検疫、学校閉鎖、移動自粛等)があります。今現在、日本では、まだワクチン接種が開始される前で、医療的介入が存在せず、公衆衛生的介入しかない状況です。感染者の早期発見・隔離による流行拡大抑止に大きな影響を与えてきたこの追跡調査が縮小されるということは、公衆衛生的対策の柱の一つを失ってしまうということと同義です。
学生・寮生のみなさんへ
これらから、総合生存学館の皆さんには、個人的な感染防止に努めるとともに、感染リスクの高い行動を割けていただきたいと思います。
一般的な「感染防止」について、紹介させてください。
手洗い・マスク着用・咳エチケット・ソーシャルディスタンス(≒物理的距離)の確保、3密(密閉、密集、密接)対策などはよく知られており、皆さんも実践されていると思うのですが、これに加え、顔周辺を、手で触れないこと、不特定多数の方が使用するものを定期的に消毒することも非常に重要です。ある研究では、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、材質にもよるが、物質の表面で数日生存するということを報告しています[4]。また、NHKが放映した以下の映像「接触感染可視化で見えた対策」を見てもらうと[5]、接触を通じ、不特定多数の手にウイルスが拡散しうることがわかります。
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、低温・低湿度の環境のほうが感染拡大しやすいという報告も出てきていますので[6][7]、今の時期であれば、部屋を加湿しておくのもよいかもしれません。
次に、どういった行動が感染リスクが高いのかですが、クラスター(集団感染)の発生場所等からの知見を参考に、沖縄県立中部病院感染症内科の高山義浩先生が作成された「新型コロナウイルスへの感染リスクの考え方」(Figure3)[8]に簡潔にまとめられていますので、参考にされてみてください。
重要なこととしては、何かしらの症状がある場合は、自宅待機を徹底しましょう。症状があると自覚していながら、勤務を続け、クラスターにつながって例も報告されていますので、これは大原則になります。いつでも休める環境構築を自分でしておくことが重要です。また、症状がある方と接触することも控えるようにしましょう。
また、感染者の多くは、発熱などの症状のない、無症状の方であることも忘れないようにしましょう。Figure 4をみてもらいたいのですが、2020年12月に、空港検疫で感染が判明した方のうち、症状があった方は8.9%、熱があった方は3.1%にすぎません。症状がある方は、飛行機への搭乗を控えている影響で、無症状の割合がかなり高ぶれていると思うのですが、これは症状がないから大丈夫(感染していない)とは言えない、ということを示しています。
死亡リスクの高い、高齢者の方、基礎疾患がある方との面談は極力控えるのが望ましいのですが、やむを得ない事情で、帰省する・高齢者の方とお会いする場合は、おおよそ1週間前からは、感染リスク高い行動を控えるのが望ましいです。この期間は、感染から発症するまでを考慮しています。
また、流行拡大し、早晩、寮生の中から感染者が確認される時期が来ると思います。その場合でも、寮を閉鎖せずに維持していくため、いくつかの提案をさせてください。
寮の中で一緒に行動をする・食事をする「友人」を、限定されてみるのはどうでしょうか。「新型コロナウイルスへの感染リスクの考え方」における「家族」代わりの友人です。誰とも会わない、一人で食事をするのが、平時から続くと気が滅入り、精神衛生上よくありません。その「友人」が感染者となった場合は、自身も感染者になる可能性が高いので、その点は注意が必要です。多数でのマスクなしの食事は制限されるべきと思いますが、こういった持続可能な体制は理解が得られるのではないかと思っています。(万が一、食べに行く場合であって、その場合も、向かい合って座らない、横に並ぶ等の工夫をしましょう。)
寮生に感染者が発生した際、おそらく保健所職員により濃厚接触者が同定されることになると思います。濃厚接触者とされた方には、一定の期間中、自室での待機が求められることになると思いますが、その際に、食料の手配等、身の回りの世話をしてくれる互助グループを作られてはどうでしょうか。互助グループの構成は、流行が拡大した場合でも寮にとどまる方で、1グループ3-5人、普段付き合いのない方たちで構成されるのが望ましいと思います。普段付き合いがある方でグループを結成してしまうと、その中から一人感染者が出た場合、皆が濃厚接触者となり自宅待機が指示される可能性があります。その場合、この互助グループが機能しなくなるためです。
自身が感染した場合のイメージトレーニングをし、自身が濃厚接触者になり、しばらく自室に籠れる、快適グッズをいくつかそろえておくのもいいかもしれません。
また、感染者に対する差別・偏見の事例が多数報告されています。感染リスクの高い、非常識な行動は自重されるべきかもしれませんが、差別・偏見は何も産み出しません。自身が感染するリスクもあることも踏まえ、お互い協力し、助け合ってください。なにより、感染して免疫を獲得した方は、こういう状況下では貴重な戦力になりえます。
制限されることが多く、ストレスのたまる日々が続くと思いますが、どうか自暴自棄にならないでください。体調管理に努めながらも、自身がここ(総合生存学館)にきた動機に思いを馳せながら、自身の理想を実現するため、前に歩んでくれることを願っています。
水本憲治
Figure 1. Daily series of new laboratory-confirmed COVID-19 cases and deaths in Mexico, from March 1- November 14, 2020
Figure 2. Mortality rate per 10,000 population, Mexico, 2015-2020.
Figure 3 (沖縄県立中部病院 高山義浩先生作成)
Figure 4
Reference:
[1] COVID-19感染予測(日本版)
https://datastudio.google.com/u/0/reporting/8224d512-a76e-4d38-91c1-935ba119eb8f/page/ncZpB
[2] 検査陽性者の状況、東京都
https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/cards/details-of-confirmed-cases/
[3] 「感染蔓延で経路調査に意味なし」 神奈川県、感染経路や濃厚接触者の調査を原則やめると発表 全国初<新型コロナ>, 東京新聞, 2021年1月8日
https://www.tokyo-np.co.jp/article/78861
[4] van Doremalen N, et al. Aerosol and Surface Stability of SARS-CoV-2 as Compared with SARS-CoV-1. N Engl J Med. 2020 6;382(16):1564-1567. doi: 10.1056/NEJMc2004973.
[5] [新型コロナウイルス] 接触感染可視化で見えた対策| “可視化”でまるわかり!新型コロナ対策の新常識| NHK
https://www.youtube.com/watch?v=GMDHYZ4FRp4
[6] Mohammad M. Sajadi,et al.Temperature, Humidity, and Latitude Analysis to Estimate Potential Spread and Seasonality of Coronavirus Disease 2019 (COVID-19). JAMA Netw Open. 2020; 3(6): e2011834.
[7] Paulo Mecenas, et al.Effects of temperature and humidity on the spread of COVID-19: A systematic review.
PLoS One. 2020; 15(9): e0238339.
[8] 高山義浩, 沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科, 新型コロナウイルスへの感染リスクの考え方, 2020/12/20(日)
https://news.yahoo.co.jp/byline/takayamayoshihiro/20201220-00213483/
今回のお話
水本 憲治, M.D., MPH, Ph.D.
特定助教
京都大学白眉センター/京都大学大学院総合生存学館
Professional area: Infectious Disease Epidemiology
Area of interest: Theoretical Epidemiology, Mathematical Statistics, Decision Science
臨床医を経て、厚生労働省医系技官、東京大学、北海道大学、ジョージア州立大学を経て現職。