【寄稿】「国家的危機」としてのcovid-19

【寄稿】

国家的危機としてのCovid-19

〜「人と医療の研究室」池尻達紀 

 

 


 

「健康とはなんなのか?」〜 人と医療の研究室(ひとけん)

 

はじめまして。池尻と申します。

“健康の考え方”の歴史的な変遷、現代における捉えられ方など学ぶ任意団体「人と医療の研究室 〜ひとけん」を運営しています。

 

「ひとけん」では、

“医療”の役割とはなにか、“健康”とはそもそもなにか、

といった問いに対して人文社会学的な視点をまじえて検討する活動を行なっています。

 

そして、covid-19が表面化してからは、以下の3つのテーマについて取り組んでいます。

①covid-19による社会構造の変化の検証・予測
②covid-19関連の政治的動き、世論などから表面化してくる現代の価値観の分析
③covid-19の渦中で我々ができること(「記録に残すこと」を主として)

 

このコラムでは、私たちの考察の一つをご紹介させていただきたいと思います。

タイトルは「国家的危機としてのCovid-19」。

ジャレド・ダイアモンドの「危機と人類」を援用して、
covid-19という「社会現象」を考えたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

 

 


 

「covid-19とは何か」〜Covid-19とは“危機”である

私たちはモノゴトを考えるときに常に問いから出発します。

「そもそも〇〇とはなにか」。今回は、「covid-19とはなにか」。

 

医学的、生物学的側面から見れば、それは「感染症」。
社会的側面から見れば、それは「危機」。
子供たちの視点から見れば、「悪いもの」、かもしれません。

 

これらの「答え」は無数にあり、それぞれの見方からの考察が可能です。

しかしここでは、社会的に比較的スムーズに受け入れられるであろう「危機」という定義を暫定的に採用して考えていきたいと思います。

 

次の問いが出てきました。「“危機”とはなにか。」という問いです。

 

covid-19を離れ、次の項目で「危機」に対する先人の捉え方を紹介します。

 

 


「危機」とは「変化」である

米国に学者であり、作家でもあるジャレド・ダイアモンドという人がいます。

彼はそのベストセラー著作「危機と人類」で、
「危機」の定義について以下のように述べています。

 

危機crisisはギリシャ語で「分ける」「決める」「区別する」「転換点」などを意味する
krisis(名詞)やkrino(動詞)にその語源を持つ。

すなわち、その「前」と「後」では、
比較的「大きな変化がある転換点」を意味する。

しかしこの解釈にあたっては「どの程度の」という実際的議論があるため、
「危機」の定義には大雑把なものから数字で定義できるような細かいものまで
様々な考え方がありえる。

「危機」の定義について、どのような立場をとったとしても、有用な議論が可能である。

これを筆者なりに解釈すると、

「『危機』とは、ある時点を超えて、個人が大きな変化を伴っている、
あるいは伴ったと感じる全ての事象」

と、まずは捉えて良いのではないかと思います。

 


危機はどうすると「帰結(克服・収束)」するのか   

 

ジャレドは、「危機」には「個人的危機」と「国家的危機」があるとも述べています。
それぞれの意味については、ほぼ字義通りであるため詳細を割愛しますが、
ここではジャレドが挙げた「国家的危機」の帰結に関わる要因を以下に引用します。

 

【国家的危機の帰結にかかわる要因(参考文献よりそのまま引用)】

  1.  自国が危機にあるという世論の合意
  2.  行動を起こすことへの国家としての責任の受容
  3.  囲いをつくり、解決が必要な国家的問題を明確にすること
  4.  他の国々からの物質的支援と経済的支援
  5.  他の国々を問題解決の手本にすること
  6.  ナショナル・アイデンティティ
  7.  公正な自国評価
  8.  国家的危機を経験した歴史
  9.  国家的失敗への対処
  10.  状況に応じた国としての柔軟性
  11.  国家の基本的価値観
  12.  地政学的制約がないこと

 

「『危機』の帰結にかかわる要因」とは
「それがあれば『危機』を乗り越えることができる要因」と同義です。

一部、
「それがどのようなものか、ということに依存して
『危機』を乗り越えることができるかが決まる要因」
も含まれています。

 

「危機とは社会が大きく変わる転換点」であるという考え方をCovid-19に当てはめたとき、

上記の “12の要因” はこのcovid-19に対してどのように活かすことができるのでしょうか?

 

 


私たちができること 

 

「私たち一人一人が社会のためにできることは何か」

最後に、この問いについて考えていきたいと思います。

上記の12の要素からいくつかの要素をピックアップして、考えていきたいと思います。

 

 

①まずはcovid-19を「危機」として個々人が認識し、自分のできることを真摯に考える

【要因1、2】については、個々人のレベルですでにある程度は達成されていると思われます。ハッシュタグ「♯私たちにできること」を様々なところで目にします。

「ひとけん」では、外出自粛に加えて、この歴史的時期を「記録」しておくことが重要ではないかと考え、細々と以下のサイトを立ち上げております。

https://laboratoryforhumannatureculturesandmedicine-covid1.jimdosite.com

 

啓発動画を作成したり、家で気晴らしにできる遊びや料理レシピを共有する人もいます。いずれもこの「危機」を乗り越えるために責任を引き受け、関与しようとする積極的姿勢であります。しかし、上に挙げたような特別なことをせずとも、外出自粛自体がその範疇に含まれると考えます。

 

 

②covid-19により変わったものと変わらないものを冷静に分析する

【要因3】は、筆者が特にユニークだと感じた点ですが、covid-19により「何が変わって」「何が変わっていないのか」しっかりと線を引くということです。個々人のレベルでは、必要以上の不安感を持たないための予防策になりますし、社会のレベルでは、今解決すべきアジェンダを効率よく整理する手助けになります。covid-19により変化していないことまで、過剰反応して行動を変える必要はないのです。

ところで、少し前に話題になった日本赤十字社によるこの動画は素晴らしいものです。ここで取り上げられている「不安」に対処する方法として、「囲いをつくること」は有用と思われます。

https://www.youtube.com/watch?v=rbNuikVDrN4

③これまでの「危機」の経験から学ぶ

【要因8・9】については、日本の豊富な自然災害の経験を活かすことができるかもしれません。例えば、DPAT(災害派遣精神医療チーム)は東日本大震災の教訓を活かして設立されました。今回も、covid-19のメンタルヘルスへの影響は看過できないでしょう。

ただし、自然災害とcovid-19の違いがいくつかあります。例えば、先ほどのメンタルヘルスの問題であれば、震災の場合は被災地の方が主に支援対象になりますが、covid-19では全国の誰もが支援対象であるという点が異なります。過去の手法をそのまま用いるのではなく、このような「違い」を加味した有効な手段を考えることもまた、必要と思われます。

いずれにしても、なんらかの「危機」に関わったことのある方は、その経験を広く世に共有すると良いかもしれません。また、「危機」に関わったことのない個々人であっても、この機会に「危機」に関連して広く書籍にあたり、読書録を共有するなどの方法があるかもしれません。

 

④他国の事例を参考にする

【要因5】は、字義通りですが、他国の有効な取り組みは参考にすべきであり、これは個々人のレベルでも該当することと思われます。

⑤国のありようを考える

11は、国家の基本的価値観が「危機」の帰結に影響すると指摘したものです。「国家」というと「政府」のイメージが強いかもしれません。しかし、広く一般社会について考えると、政治の問題だけではなく、個々人の行動の問題にもなってくるのです。例えば、covid-19により困難に晒された人々にどのように接するのか。あるいは、外出や購買運動についてどのような行動を選択するのか。

換言すれば、「危機」とは、国の、そして国民一人一人の価値観が試される機会なのかもしれません。

 

ジャレドは、上に挙げた「国家的危機の帰結にかかわる要因」と多くの項目を共有する12の「個人的危機の帰結にかかわる要因」も挙げています。実はこの議論は、covid-19以外の健康問題についても、ある程度該当し、応用できるモデルなのではないかと筆者らは考えています。健康を阻む事象や疾病も大きな意味では、(「国家的」あるいは「個人的」)「危機」であるからです。話題が変わりますので、このことはまた、別の機会に考えたいと思います。

 

【要約】
1. covid-19の捉え方の一つとして、「国家的危機」という概念がある。
2.「国家的危機」の帰結にかかわる要因としてジャレドは12の要素を挙げている。
3. 上の12の要素を踏まえて、covid-19渦中の我々ができることの例は、
「covid-19を危機として認識し、適切な行動をとる責任を持つ」
「covid-19の影響で変わった物事、変わらない物事を冷静に分析する」
「歴史を学ぶ」

「他国の事例を学ぶ」
「国のありようを考える」
などである。

 

【参考文献】
ジャレド・ダイアモンド, 小川敏子(訳), 川上純子(訳), 「危機と人類」, 日本経済新聞出版社, 2019

 

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「人と医療の研究室」では、健康や医療の現代的定義(あり方)そのものに寄与できるべく調査・活動を行なっています。メンバーとして、医療と社会の関わりに関心のある学部生や大学院生の方を若干名募集しております(専攻は不問)。お気軽にご連絡下さい。

(問い合わせ)hitoken.contact@gmail.com(新しいタブが開きます)

(文責:人と医療の研究室 池尻達紀)

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