【論文紹介】 日本の健康意識・行動変容に関わる研究においては 一体どんな工夫が行われて
日本発信の医学論文を増やしたい!
〜翻訳者の英文ライティングのツボ〜
はじめまして!小泉志保と申します。
医学・医薬翻訳者として活動している傍で、現在は京都大学 医学研究科で学生をしています。
職業柄多くの医学/臨床研究の翻訳に携わってきました。
「翻訳者」と聞くと、ちょっと特殊な職業だと思われるかもしれませんね。
翻訳者やメディカルライターは、欧米では「メディカルコミュニケーター」と呼ばれます。
なぜ「コミュニケーター」なのか?と思いますよね?
その理由は、翻訳家という仕事は
「研究の最終段階(1)」と言われる“論文投稿や出版”といったコトバと文章の質が求められる局面、つまり、研究成果を社会に対して発信するコミュニケーションにおいて大きな力を発揮する職業だからです。
今回は、その【翻訳者】の視点からみた“論文ライティング時に用いられるコトバ”について、皆さんと一緒に考えたいと思います。
言葉は変わっていくもの。論文の言葉も変わっていく?
皆さんは英語で論文を書く際、心掛けていることはなにですか?
もちろん、
わかりやすく書くためにパラグラフライティングを心掛けたり、
投稿規定やCONSORTなどの各種ガイドラインに沿って論文を書いたり、
剽窃(ひょうせつ:Plagiarism)、つまり他人の文章・語句・説などをぬすんで使うことのないように気をつけたり。
もちろん、これらのポイントは大前提になっていると思います。
そこで、たまには論文の言葉も時代に合わせて変わっていくことに目を向けてみても面白いかもしれません。
昨年(2020年)に医学論文や医療系論文を記述する際のマニュアル書であるAMA Manual of Style が13年ぶりに第11版2として改訂されました。AMA Manual of Styleは、JAMA(Journal of the American Medical Association:米国医師会雑誌)編集部の専門委員会が作成しています。時代の変化に合わせ、大きく改定された項目がいくつかあります。旧版3からの興味深い変更点をここでご紹介します。
単数扱いのthey
〜LGBTを背景とする「主語」のあり方
英語の「they」といえば、「彼らは」など、複数人の主語を指す代名詞ですよね。
“Everyone should take his or her drugs.”
これまでの文法では、上記のように
【every+名詞】を使用したときには、
“Everyone”が男女混合の場合だけでなくLGBTQの方が含まれている場合でも、その後に続くコトバにおいて、hisまたはherのどちらかに統一しなければならず不都合が生じていました。
“Everyone should take their drugs.”
この「they」ですが、AMA Manual of Styleの新版では、everybodyやeveryone等、every+名詞に対応する代名詞として、they/theirの使用を新たに認めています。
新版では、“Everyone should take their drugs.”と、theyを単数扱いとして使ってよいことが言及されています。
新版に「単数扱いのthey」についての項目ができたきっかけは
「#me too」運動や性の多様性といった、時代の変化にAMA Manual of Styleが対応したという意思表示ではないかと感じています。
医学論文の世界でも時代に合わせて言葉は変わっていく
このように、保守的なように見える医学論文の世界でも、推奨される言葉は時代に合わせて縦横無尽に変わっていきます。
言葉が生きていると思うと、英語で論文を書くのが少し楽しくなってきませんか?
英語論文を読んで言葉に敏感に
いきなり言葉の変化に敏感になることは難しいですが、英語の論文を読むときに、
用いられている単語やフレーズに注意を向けると少し見る目が変わってくるかもしれません。
Stay homeで自宅にいる機会が増えた今、論文精読の時間を設けてみられるのはいかがでしょうか。
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参考文献
1. Thomas A. Lang. トム・ラングの医学論文「執筆・出版・発表」実践ガイド. 宮崎貴久子, 中山健夫 監訳. 株式会社シナジー; 2012.
2. Iverson C, Christiansen S, Flanagin A, et al. AMA Manual of Style: A Guide for Authors and Editors. 11th ed. Oxford University Press; 2020.
3. Iverson C, Christiansen S, Flanagin A, et al. AMA Manual of Style: A Guide for Authors and Editors. 10th ed. Oxford University Press; 2007.
今回のお話
小泉 志保(こいずみ しほ)
メディカルコミュニケーター(医学・医薬翻訳者)。医学論文や治験関連文書等の翻訳を手がけるほか、医学英語教育にも力を入れており、翻訳学校等で講師活動を行う。日本人による医学英語論文が世界にもっとpublishされるために、現在、京都大学 医学研究科 社会健康医学系専攻(School of Public Health)健康情報学分野に在籍中。NPO法人 日本翻訳者協会(JAT)理事、一般社団法人 日本翻訳連盟(JTF)監事。